癒し、整え、活力を与える
「温泉」のような存在を目指しています
ブランディングデザイナー・イラストレーター
米国NLP協会 認定NLPコーチ
ナミキ アユミ
(自称:愛湯)
インタビューしていただきました
- デザイナーがコーチングをはじめたワケ(2023年12月:三橋亜希子さん)
- 運営サポートしているミアビータコミュニティについて(2023年6月:ミアビータVoicy)
- 子育てを大切にしながらの在宅ワーク(2020年12月:在宅ワークナビ)
- 営業ツールから振り返る!!営業方法(2020年11月:Bambiラジオ)
- 繊細な気質を活かす!!HSPなクリエイターが働くコツ(2020年11月:Bambiラジオ)
- みんなのお仕事ストーリー(2018年11月:WEBST8)
私はこんな人です
⚫︎1975年京都府生まれ・大阪府八尾市在住
⚫︎卯年・A型・乙女座
⚫︎几帳面・丁寧・繊細・思慮深い・温厚・平和主義・努力家な性格
⚫︎ストレングスファインダーは ①共感性 ②内省 ③成長促進 ④規律性 ⑤最上志向
⚫︎複雑・曖昧なことを分かりやすく視覚化することが得意。
⚫︎人の深いところの話を聞くことが好き。価値観・想い・感性に触れている時間がワクワクする。
⚫︎人と関わることも好きだけど、1人の世界に没入している時間が一番楽しい。1人の時間が絶対必要。常に自己対話しているから脳内が忙しい。
⚫︎学生の頃から相談されやすい。初めての土地なのになぜか道を尋ねられることや、知らない人に世間話をされることも珍しくない。
⚫︎子どもの頃から少数派。「みんな同じ」がオモシロクない。
⚫︎映画やテレビに感情移入しやすい。隣で私の表情を見るとオモシロイらしい。
⚫︎人・物・情報が多いと疲れやすい。
⚫︎断捨離・整理整頓好き。目指すはシンプルで丁寧な生活。
⚫︎物は最小限でいいから、経験・知識・繋がりを集める人生にしたい。
⚫︎邦楽好き。LIVEは心のデトックス&栄養補給♪子育てが落ち着いたら、楽器を習って家族バンドをしたい。
⚫︎カフェ・雑貨屋・本屋が好き。梅田蔦屋書店は全部揃ったマイパワースポット。
⚫︎高校の時に珈琲専門店で初バイトして以来珈琲が大好き。ブラック派。コンビニ珈琲はセブン派。
⚫︎お酒は一切飲めない。大半の人に「意外」と言われる。
⚫︎虫は嫌いだけど自然・田舎が好き。いつか自然豊かなところで暮らしたい。
⚫︎子どもが大好き。進学の時にデザインの道と、子どもと関わる道とで悩んだ。子どもの頃が人生で一番辛かったから、同じように辛い思いをする子がいない社会を作ることが、私の人生のミッション。
アユミの歩み
京都芸術短期大学 ビジュアルデザインコース(主に写真・シルクスクリーン・タイポグラフィを学ぶ)
中学校教諭第二種免許取得
卒業後、恩師の紹介で母校で高校の美術の非常勤講師を1年間勤務。
自分の高校時代より充実した毎日を過ごす。
家業を継ぐために非常勤講師を辞めるが、父と衝突し、京都の田舎からボストンバックだけ持って、大阪で下宿する弟の元へ転がり込む。
貯金0だったので、生活のために昼夜飲食店で掛け持ちバイトをする。
デザインから離れたくなくて、心斎橋の路上で、自作のポストカードやカレンダーも販売もしていた(ストリートアーティストブーム)。
バイトしながら就職活動を続け、24歳でようやく広告制作会社に就職でき、2社で約6年間勤務。
不動産・学校・自動車メーカー・製薬会社・老人ホームなど、代理店の下請けだったので、幅広い業種のデザインに携わることができた(初仕事は文字ギッシリの小さな新聞広告)。
お客様とは全く顔を合わせることなく、ディレクターの指示の元、デザインにどっぷり集中。
先輩の仕事を横で見たり、街でチラシやリーフレットを収集しデザインを学ぶ。
PCに向かってデジタルな毎日を過ごすうちに、子どもの頃のようにアナログでモノづくりをしたいと思い始め、会社勤めをしつつオリジナル雑貨 『Hinata-Bocco』を立ち上げ、約10年間委託販売・イベント参加・手作り市への出店・個展をする。
企画・デザイン・制作・販売を、1人で全部手がける喜びと楽しみを味わう。
手芸雑誌『ステッチ』『ホーム・スウィート・クラフト』に掲載してもらう。
2004年結婚。暫く会社勤めを続けるが、終電帰宅も多く、不妊治療を始めることになり退職。
退職後は雑貨活動をメインに、デザインは知人を中心に細々と受注する。
結婚8年目にして奇跡的な自然妊娠。2012年長男を出産。
その頃から夫の収入が激減し、私自身も子育てどっぷりで社会から取り残されそうな不安・焦りにかられ、「早く働かなくては!」と卒乳を機に、2014年1月『デザイン屋 並木舎』を開業。
「夢を叶えたくて」「人のお役に立ちたくて」みたいな前向きな動機ではなく、収入を得る選択肢がデザインしかなかったから。
「現役ブランク7年・前職との繋がりなし・自宅保育」の無謀な起業。
子育てしながら針仕事はできないと痛感し、デザイン1本に絞る。
初めは子どもの習い事やママ友から仕事をいただく。近所のお店にチラシを持って営業も。
そこからご紹介していただいたり、制作物を見た方からご連絡いただいたり、少しずつ仕事をいただけるようになる。
2018年、「これからの時代はホームページもセットでご提案できないと!」の思いから、幼稚園に行っている間にリアルでWEBスクールに通い、HTML・CSSの基礎を学びながら自分のホームページを作る。
「このやり方じゃ時間がかかって大変〜」とWordPressも引き続き学ぶ。
ホームページを作ったお陰で、知人・ご紹介以外の方からのご依頼が一気に広がる。
2019年、子どもが小学生になり身動きが取りやすくなってきた頃、「カフェで仕事したいな〜その時に誰かの相談にのれたら楽しいかも♪」とふと思いつき、大好きな梅田蔦屋書店で『整う相談室』をはじめる。
ありがたいことに遠方からわざわざ来て下さる方も。
2021年、コロナ禍になり、仕事やプライベートで色んなことが重なったこともあり、将来への不安や焦りで迷走の沼にハマる。心身共に不安定になる。
あれこれ模索している中で「NLPコーチング」が何となく気になり、「もしかすると、ここに答えがあるかも…」と思い切って未知の世界に飛び込み、物事の捉え方が大きく変わり、マインドとセルフイメージが上がる!(ここに注目した私の直感って冴えてる〜と今では自画自賛)
2022年、1年間みっちりモニターさんで実践を積ませていただき、米国NLP協会 NLPマスタープラクティショナー・米国NLP協会 認定NLPコーチ取得。他にもブランディング講座を受講。
2023年、「コーチング×ブランディング×デザイン」にアップグレードしたホームページをリニューアル。
★インスタで「MY HISTORY(自分史)」を公開しています。
なぜこの仕事をしているの?
私は小1の頃から算数が苦手で、放課後に居残りをすることが多い子でした。
友達は楽しそうに帰っていく中、静かな教室で置いてきぼりにされた気持ちでした。
またプールも苦手で、ギャン泣きする泳げない子のグループで半べそで練習していたのを今でも覚えています。
身体的なことをクラスの数名の男子に囲まれてからかわれたこともあり、繊細な私は深く傷つきました。
「私は周りよりできない子、劣っているんだ」と劣等感を初めに自覚した頃です。
また、流行りやみんなが盛り上がっていることに共感できないことも多かった。
自分が先にやり始めたことでも、みんながやり始めると冷めちゃうタイプ。
「女の子らしい」と言われる服装や遊びも好きじゃなかった。
「なんでみんな同じじゃなきゃいけないんだろう…」と人に合わせることに窮屈さを感じていました。
と言っても、仲間外れも怖いので表面的には合わせているフリをしていましたが。
「私は周りとは違うんだ」と疎外感を初めに自覚した頃です。
みんなから取り残されたや、みんなと違うことが「自己否定」が芽生えた要因だったように思います。
集団生活をするには「型」がないとまとまりせん。
でも「型」を作ることで、そこにハマれない人が「劣等感・疎外感・自己否定」を感じやすいのかもしれません。
そもそも人は全員顔・性格・資質・価値観・環境…全て違うのだから優劣はありません。「違い」なだけ。
「違い」を受容する優しい社会、個性が活かされる社会を心から願っています。
みんな違っていい!みんな違うからいい!
あなたもOK!私もOK!
自分の価値に気づき、自分を大切にする人を増やしたい。
自信を持って、自分らしく、自分を大切に生きる人を増やしたい。
その想いでこの仕事をしています。
なぜデザイナーがコーチング?
⚫︎長年経験を積んできて「デザイナーはデザイン力よりコミュニケーション力が大事!」だと実感。
コミュニケーション力、ヒアリング力を高めて、お客様の中からより深く、より多く引き出せるようになりたいと思った。
⚫︎今までたくさんの方の相談にのってきて、行動できる人とできない人は何が違うんだろうと考えた。
より相手のモチベーションを高め、行動促進できるアプローチ法を身に付けたいと思った。
⚫︎AIの進化は著しく、5年も経てばデザイナーの仕事も大きく変わるだろうと感じた。
AIを上手に活用しつつ、AIに代用できない、人間だからこその能力を磨きたいと思った。
震災などでデジタルが使えなくなっても、身一つでも人のお役に立てるようになりたいとも思った。
⚫︎いくら知識・技術を身につけても、それを扱う私自身が心が強くなければ活かすことができないと思った。
マインドが全ての土台になると。
人生の折り返し地点になり、今までの自分を変えたいと強く思った。
⚫︎家族関係に悩んでいて、自分の関わり方が変わることで家族が変わるのではないかと思った。